大都会独身貴族

東京に住む独身貴族が希薄な人間関係の大都会で見聞きした情報を載せています

29家族葬から現代の東京生活をみる

昔は大きな葬儀が一般的でした

昔、葬儀といえば隣近所にたくさんの花輪が立ち並び葬儀を出した家だけでなくその一帯にも厳かな雰囲気が漂っていました。
今は葬議場を使うこともあって葬儀を出した家が近所にあるのかどうかも分かりにくくなりました。
それが少しでも寂しいと感じるのは、時代に取り残されつつあるのかなとも思います。

昔からあった小さな規模の葬儀

ですが、かつても密葬という言葉があるようにほぼ家族だけで行なう「家族葬」が無かったわけではありません。
しかし言葉の感じとしては「密」と「家族」では大きな違いがあります。
密ではこそこそするとか後ろめたいような意味と申しますか、雰囲気がありますが家族という言葉には多くの人が温かい感覚を持っていることでしょう。

時代の変化を表す家族葬というネーミング

いつのころからか、大きな葬儀は残された者たちにとってただただ負担になりました。
そのため葬儀は親密なものたちだけで行なうことが望まれていて、その望みを堂々と表明できる世の中が来たと言葉の移り変わりで分かる気がします。
いまは本当に低価格で高品質な家族葬儀が増えてきています。

葬儀は故人の徳を示す大きなイベントでした

もっとも最初から大きな葬儀は施主家族にとっては負担であったはずです。
会葬者には悲しみをこらえて丁寧な挨拶をしなければなりませんし、費用だって軽くは無かったでしょうから。
それでもなお大きな葬儀を行なうことが美徳とされたのはどうしてかな、と家族葬を考えるときに一緒に考えます。
見栄だけだったとは思えません。
かつては子孫が多いという事そのものが故人の徳と思われていたように感じます。
どのような職業についていたかよりもそちらのほうが徳として上だったのではないでしょうか。
いま故人を評価するものはどんな職業についていたかやお金がどのくらいあるかに偏っているような気がします。

都会に生きる自分は家族葬を選択することになると思います

天涯孤独は恥じることでは無いと思いますが、子孫の数の多さそのものがもっと評価されても良いと感じます。
少子化は女性の社会進出や晩婚化が大きな原因でしょうが、子供の数が多いことが憧れや評価の対象にならなくなった社会にもあると考えます。
しかし私自身が施主になったとき行なうのは家族葬でしょう。
都会に出てきて土地に密着して育っていない私には誰にどうやって知らせていいかも分かりません。このような状況の人は現代には多いでしょう。
そのような現代において「家族葬」という言葉を広まったのは必然と思われます。
よくも悪くも等身大、それが「家族葬」に表れた現代といえます。

2013年07月17日

大都会独身貴族新着記事一覧

社会人が通う通信制高校のメリットについて
通信制高校に通う人は社会人が多い 都会では意外にも通

都会の看護師求人について考える
看護師求人はどのようなものがあるのか 私は友人が看護

出会いが少ない独身男女のための結婚相談所の利用の仕方
都会で結婚をしたいなら結婚相談所の利用を考えましょう

自分が経験した「家族葬」の本来のあり方
負担の多い大規模葬儀から小規模な家族葬儀へ 家族葬と